2017年1月18日水曜日

神戸の郊外でおきた、ある「いじめ」事件 4

3.    疑惑と学校の対応

事件の詳細はこちら


<いじめ事件INDEX>
1. 事件

2. L君との一年半…

3. 登校グループ

4. 疑惑と学校の対応

5. 警察での聴取と真相

6. 母親たちの反応

7. 私の考え


私の最初の疑問は
「なぜ、加害者少年と息子は、出くわすことができたのか?」
「なぜ、息子だけが被害にあったのか?」

ということです。

その後、子供たちの話をきくと、現場に
L君もO君もいて
しかも加害中心人物となった三年生男子のすぐ横にO君
そして、四年生女子のすぐ横にL君が位置していたことがわかりました。

学校が「解決」とした時の、
加害者少年(3年生男子)の供述では
「登校しようとしたとき自分と同じマンションに住むO君と、
通り向いのマンションに住むL君が
一緒に学校に行くのをみてびっくりした。
L君のことは知らないが、見覚えがあり、
L君はいつも、向いのマンションのほかの子といっしょに行っているから、
きっと仲間外れにされたのだと思った。
ふと見ると、偶然、L君のマンションの子供たちが、
通りがかったので、一言注意してやろうとおもい、
怒鳴りつけた。」とのこと・・・

私は、これがどうしても、おかしいと思ったのです。
とにかく、学校は、その3年生の子供にだけ話を聞いて、
終わろうとしました。
しかし
もう一人の四年生女子は、リョウに手をあげるのが二回目です。
それでも、私が要求するまで、学校は彼女に話を聞こうともしませんでした。
事件の翌日、学校は三年生男子にだけ話を聞いて終わろうとしたので、
また翌日、私は、四年生女子にも話を聞くべきだと、
学校に聞き取りを依頼したのです。

私は文字通り「親の顔がみたい」とも思いましたし、
なにより、5人が、息子を取り囲み、
その場に一年生のL君もO君も臨場していたのです。
それらの子供たち全員から、
どうしてそこにいたのか、
どういう気持ちでそこにいたのか、
それをちゃんと聞いてやるのが、「教育」だと思ったのです。

しかし、学校はそうはしませんでした。
三年生の男子の家に家庭訪問し、指導した、というだけで
三年生男子の母親も、
四年生女子の母親も、事件から3か月たった現在に至るまで、
一度も謝罪していません。
その場にいた一年生3人、L君、O君ともう一人は、何の指導もなしです。

私の疑問にもどりましょう。
最初の疑問は、登校時間です。

新しい登校グループは、
元の登校グループに比べて、10分も早く出発しています。
三年生男子が、言葉通り、
「いつも」L君が息子たちと登校しているのを見ているとしたら、
普段の登校時間は、10分以上遅かったはずです。
そしてなにより、本当にそうなら、
L君とO君がいつも一緒にいるところをこそ、
見るでしょうから「変に」など思わないのではないでしょうか?

どうして、新登校グループが始まった2日目であり、
事件が起こった10月25日火曜日に限って、
三年生男子は10分、登校時間を早めたのでしょうか ?

私は教員に、登校グループについて、尋ねるよう依頼しました。
三年生男子はいつも一人で学校にいくのでしょうか?、と

もしそうなら、時間がランダムになるのはわかります。

しかし、結果はこうでした。
中心加害者となった三年生男子、
そして息子に手を挙げるのが二回目の四年生女子とその妹、
O君は、いつも4人で一緒に学校へ行く、登校グループでした。

このO君の登校グループにL君が、
10月24日(事件前日の月曜日)から入ったのです。
以前から
O君とL君は毎日のように途中で合流し、
そこから一緒に登校していたということは、
このO君の登校グループは、
集合時間あるいは出発時間が10分以上後のはずです。
新登校グループ初日である、24日には、
息子たちはO君にもL君にもあっていません。
もし、自分のグループにL君がいきなり入ってきたことに、
三年生男子が驚いたとしたら、
それは、10月24日月曜日の出来事であるはずです。

これを鑑みて、「計画性」(まちぶせ)を疑わない教師がいたということに、
私は驚きました。もし、計画したとしたら、
指導の仕方がまったく違ってきます。
ベクトルが変わってくるのです。

計画できるということは、
自分の感じた「理不尽さ」「疑問」について
大人と相談する余地もあったのです。

L君は、前日から、この三年生男子がなんらかの形で、息
子あるいは、他の子供達に働きかけることを知っていた、
ということになります。
そもそも、1万歩譲って、
私が、L君を「仲間外れにした」として、
L君とも、ウチの息子ともほとんど面識のないはずの三年生男子が、
どうやって、「仲間外れ」張本人である私の息子を特定できたのでしょう?
私たちの登校グループでは、通行マナーとして
2人ずつペアになって歩くように指導していました。
四人なので、前後2人ずつのペアになって歩きます。
息子は後ろ二人の一人として歩いていました。
息子の前を歩いていたのは、
加害者中心人物である3年生男子と面識がある一年生二人です。
学童保育で一緒なんです。
息子と、同じグループの子供達に聞くと、
加害者グループはL君、O君を伴って、
行く先ですでに、立って待っていた。との事…
前方から見ていたなら、真っ先に見えたのは、
知り合いの一年生二人です。
息子ではありません。
話しかけて事情を聞くなら、
知り合い二人の方が聞きやすかったのではないでしょうか?

私は、これらの疑問を学校に投げかけましたが、
学校は「でも、学校では偶然だと言っておりますので・・・」の一点張りです。
先ほども述べましたが、
前日から計画していたなら、
L君も加害者3年生男子も、
疑問に思った事、理不尽に思った事を
自分の親に相談できたはずです。
でも、そうせず、自分たちで「制裁」しようとした・・・。

これこそが、一番の問題点なのです。
親との信頼関係、コミュニケーションが希薄になっていることが、
世間で起きている痛ましい事件の大きな原因の一つなのですから。

でも、当事者たちの親も、学校も、まったくそこに目を向けようとしません。
偶然、思い立ち、偶然相手が通りかかったから、事に及んだ。・・・
このような結論で、この事件を解決するには、
あまりにも早すぎると思うのです。

息子は元気に帰ってきました。
そして、もう息子が暴力を受けることはないでしょう。
しかし、このように、何もないうちに
子供たちの中にある暴力の種を、完全に「品種改良」し
善意の花を咲かせるように導くのが、教育です。
でも、それには、種の問題性を、しっかりと直視することが大切です。

事件が起こり、当日に通報を受けたわけですから、
翌日には、学校にいる6時間の間に、関係者全員をあつめ
事実関係の一次的確認をするべきでしたが、学校は
30分ほど、三年生男子から話を聞いて、
肝心の「翌日調査」を終えてしまいました。
そこからは、逐一私が、~に話を聞いてくれ、と「依頼」しなくては
まったく動きませんでした。

私は事件から三日目の金曜日、息子に手紙を託し、
学校へ「警察に通報し、相談するつもりです」と報告しました。

事件から3日もたって、警察の文字が出てきたからでしょう。
学校はやっと、息子の登校グループの子供たちも含めて
全員を一堂に集め、事情を聴きました。

が、私には、その日も今(2017年2月14日)にいたってもも、
この最後の聴取でなにがわかり、どういう状態だったのかなどの結果報告はおろか
この、聞き取りが行われたこと自体も、
私は子供たちから報告され、知ることができたので、
学校からの報告は一切ありませんでした。
私は金曜日夕方、息子を連れて、警察に行きました。

もちろん、被害申告はしない前提がありました。
ただ、計画性があったとしたら、事が、すでに傷害事件(刑法第一条第八項)、
そして、学校へ行こうとする一年生の子供を、威圧して引き留めている時点で、
道路交通法にも違反しています。
学校がきちんとその辺の社会ルールを教えられないなら、
別の社会的権威が、指導するしかありません。
おばはんたちの、だらだらした説教では、だめなんです。

私は、警察に依頼した理由は、
社会的権威によって子供たちに社会のルールを指導し、
息子への暴力がエスカレートすることを阻止することに、
協力してほしかったからです。

私の印象では、あまりにも、行為に至るまでのプロセスがスムーズすぎます。
もしかしたら、水面下で、この子たちのこういう「誤った正義感」の犠牲になった
子供がほかにいるかもしれません。
警察がでることで、
少なくとも、うちの息子にこれ以上手をだしたら、やばいことになる!
という印象を与えたかったのです。
私が本気で怒っていることを、
そして、私がルールを心得ている大人であり、
息子を命がけで守る覚悟があることを、
その子をはじめ、息子を取り囲んだ5人と、
彼らの親に伝えたかったのです。謝ろうともしないのですから、
話し合う事もできません。
「子を持つ親の怒り」を、受け止める義務が彼らにはあります。

そして、同時に、本来ならば、
加害者たちが、出席停止になって、
きちんと指導を受けるべきなのに、音楽会前だったからか、
学校は全くそういうことをしません。
指導をめんどくさがっているような気配すらしました。
担任は、ため息をつきながら
「その登校グループってなんですか?なんの『幹事』なんですか?」と、
さも、
「あんたが勝手にしゃしゃり出て、勝手にグループつくって、
勝手にリーダーやってたんだから、関係ない!」
とでも言いたげな語調でした。

私は抗議の意味を込めて、事件発生翌週の月曜日(2016年10月31日)から、
息子を学校に行かせないことにしました。
その旨を連絡帳にかいて、月曜日学校へ届けました。
L君の仕返しも考えられましたし。

すると、学校は、月曜日
授業の進み具合を知らせるために、連絡してきました。
私が警察に相談することについても、
この事件のことについても、なにも触れずに、電話を切りました。

警察は動きました。
言うまでもなく、警察は民事不介入の原則があります。
今回警察は動かなくてはならない、と判断したにすぎません。
この一年半のL君が息子にした嫌がらせを鑑み、
ここできちんと社会的な指導を入れるべきだという、
私の判断に賛同したからです。
たとえそれが間接的であったとしても、
私が期待している効果は発揮され、
それが、防犯につながると判断したのです。
「加害者を作らない」というのが、防犯なんです。

翌日の火曜日、私の母が、息子を歯医者に連れていくついでに、
学校へ、家庭での学習に必要なものを取りに寄りました。
あらかじめ、連絡帳で、その物品を取りに行くことを伝え、
教室ではなく職員室にそれを預けてくれるように頼んでありました。
すると、私ではなく、私の母が相手なのを知りながら、
いきなり、校長と教頭が母に「ちょっとお話させていただいてよいでしょうか?」
と話し合いを要求し、そのあとの予定があるのにも関わらず、
無関係の母に向かって話を始めたのです。

このような大切な話し合いなのですから、
きちんと私自身とアポを取って話をするべきです。
それを、待ち伏せするような真似をしたうえに、
「警察に言う必要があったのか」だの
「取り囲んだわけではない」だのと発言しました。そして、こうも言いました。
「警察沙汰にしたら、M君が今後学校でやりにくくなりますよ。」

これには、私は怒り狂うしかありませんでした。
「冠省」から始まる手紙を校長、教頭に書きました。
断固抗議です。
「貴方達は、完全に素人です!」と

そんなに、私が警察に相談することが、
子供たちに「害」をなすことと判断したなら、
どうして必死で私と連絡をとり、話さなかったのでしょう?
月曜日、担任が連絡してきたときは、完全に無視でした。
なにより、家庭訪問をするべきは、
被害者である、私たちだったはずです。
警察から連絡がきたときも、
「もう少し、棟方さんと話をさせてください。」と言えば、
警察だって待ったはずです。
なによりも!
息子が学校でやりにくくなる、って、
それは何ですか?脅迫ですか?
まず、事件から3日もたってやっと、
関係者全員臨場の状況検証を行ったのは良いのですが、
まったくもって、その内容を被害者である私には報告していません。
だから、「取り囲んだわけではない」とお婆ちゃんに愚痴られても、
私に言わせれば
「そーなのー?」としか言いようがありません。
そもそも、事件が起きた歩道は…道幅1.8mほど、
子供が三人並んだらもう、真っ向からすれ違うことは出来ません。
それを、五人もの子供が、息子の方を向いて、立ち、
「おら〜」からはじまり、「死ぬ」という言葉を使って因縁をつけたのです。
校長は、キレイな円形ではなかったから、と言いたいのでしょうが、
これはまさに詭弁です。

そもそも、音楽会を控えた時期に、
学年を超えた問題が発生したのにもかかわらず、
校長、教頭が出てくるのが遅すぎると思います。
神戸市以外でお住まいの読者の方には、お分かりいただけないでしょうが、
神戸市では、2学期に「気違いぢみた」とも言えるほど
手の込んだ「音楽会」をします。
ただでさえ、「ブラック企業のような」日本の教育現場。
劣悪な就労条件に耐える教諭たちですが、神
戸市の教諭は、ダンスやら英語やら、
専門外の指導を押し付けられたのに加え、
この「きちがいぢみた音楽会」の指導や
練習を指揮しなくてはいけないのです。
音楽専門教諭だけでなく、担任教諭が、準備に奔走します。
ですから、あまりにも「おかしい!」と騒ぎ立てる私が
うっとおしいと感じたのも、わかります。
それならば、教頭がサポートに入るべきです。
でも、教頭は、事件から一週間たってから、介入しました。
ひとえに私が、警察に通報したからです。

法の番人である警察の指導が、
子供たちの害になると思うなら、学校が必死で子供を守るべきなんでは?
当家は見事に金曜日を含めて4日間、
いえ、もう11月1日以降、
いま、この記事を書き直している2017年2月14日現在
なんの報告もなく、放置されています。


警察での聴取とその結果わかったことについて、短い記事を次回書きます。


<いじめ事件INDEX>
1. 事件

2. L君との一年半…

3. 登校グループ

4. 疑惑と学校の対応

5. 警察での聴取と真相

6. 母親たちの反応

7. 私の考え

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