2016年6月21日火曜日

「夜の訪問者」徹底解明! vol.2 ~連鎖の始まり

2.エヴァ・スミス
 刑事は亡くなった女性の名前を告げた。
 「彼女の名前は・・・エヴァ・スミスでした。」
 その瞬間、バーニング氏の表情が凍り付く。「知らないな。」無駄だと思っても、特権階級の人間の反射能力で、そういわずにはいられなかった。バーニング氏は、上等なマホガニーの椅子にもたれかかる。
 「彼女のことは覚えているはずだ、バーニング氏。2年前、彼女はあなたの工場を解雇されている。」
 グール刑事は彼女の写真をバーニング氏にだけ見せた。
 「父さん、誰の事?僕は知ってる?」反抗的な放蕩息子のエリックの声の中に心配の色が宿っていた。
 「いや、お前が働く前のことだ。」

 エヴァ・スミスは二年前、女性工場労働者たちの賃金が不当に安価であると訴え、ストライキを起こしたのである。
 ああ、あの女だ。バーニング氏の脳裏に可憐な少女の華奢な姿が思い浮かんだ。すらっとした四肢、バラ色の頬と小さな唇。化粧などしなくても華やかな美しさが引き立っていたエヴァの姿は、今でもはっきり思い浮かぶ。
 「バラ色の頬が色あせているじゃないか。」あの時、バーニング氏は、エヴァの頬をそっと撫でて、彼女だけを賃上げしてやるから、他の労働者たちを説得して連れ戻すよう言った。しかし、エヴァは、「賃上げは全員にしていただかなくてはいけないのです。」と、その申し出を突っぱねた。
 「このストライキは一週間ともたないぞ。お前の努力は徒労に終わるだけだ。」
 このバーニング氏の読みは当たった。ストライキの間、無収入だった工場労働者たちは、根負けして、出勤してきた。
 「お前はだめだ。クビだ。」
 ほかの労働者たちといっしょに出勤してきたエヴァに、バーニング氏は解雇通知をした。エヴァは、黙って踵を返し、工場を出て行った。

 「確かに解雇したが、トラブルメーカーを解雇するのは当然のことだ。」
 バーニング氏はパナマの葉巻を、太った指に挟んで、それを振り回してまくし立てた。
 未来の娘婿である、ジェラルドは、クラフト社の跡継ぎとして、すでにその卓越した経営手腕を発揮し、フリーメイスンの会員でもあった。彼は、一級品のウィスキーの入ったグラスを持ち上げて、バーニング氏に同調した。
 若いエリック・バーニングは、さっきまで、安物のたばこをつまんでいた手をポケットに突っ込んで、うつろな声で父親を責める「賃上げをしてやるべきだった。」
 なかなか居間に来ない男性たちを呼びに、長女のシーラが、居間から戻ってくる。
 ただならぬ、雰囲気のなかで、彼女の婚約者であるジェラルドから、グール刑事来訪の理由を告げられる。同じ年頃の女性の身に降りかかった不幸を知り、興味をひかれたシーラは、その場に残る。
 あの忌々しい一週間の魂を引き戻され、お祝い気分を台無しにされたバーニング氏は、腹を立てて、グール刑事に怒鳴る。
 「エヴァを解雇したのは、二年も前の話だ!彼女が自殺したこととは無関係だ。」
 「ええ、まぁ。しかし、不幸の連鎖とでも言いましょうか・・・彼女は日記をつけていましてね、その後の解雇された後のことも書いてありました。」
 シーラが事件に興味を持ったので、バーニング氏は娘を退席させようとするが、グール刑事は、シーラに残るように言う。
 グール刑事は、日記に書かれたエヴァのその後を語った。

 バーニングを解雇されたエヴァはしばらく無職だった。身寄りはおらず、帰る実家もなく下宿暮らしの彼女にとって、無職であるというのは、まさに死活問題だった。
 しかし、ある日、「幸運が降ってきた」と彼女が記すように、彼女は高級デパートに偶然職を得ることになったのである。
 工場とは違って、華やかな物に囲まれて、彼女は懸命に働いた。

 「よかったわ。わたしも、そのデパートならよく行きますのよ。」
 シーラ・バーニングは人の良い笑顔を浮かべて言った。
 「それで、どうなったんですの?」
 「解雇されました。」
 「ほらやっぱり!」我が意を得たりと、バーニング氏とジェラルドは机に手をついた。
「どうせまた、トラブルを起こしたんだろ。ああいう人間はいつもそうやってトラブルを起こすものだ」
「雇い主にとっては、難問ですよ。」
 『雇い主』の立場にある二人は、互いをかばいあうようにうなづく。
 「いえ、トラブルを起こしたのではなく、顧客から、クレームをつけられて解雇されたのです。」
 シーラの声が震える。グールはシーラにエヴァ・スミスの写真を見せる。
 そして、グール刑事に促されるまま、実はその「クレームをつけた客」がまさに自分であり、しかも、母親の嫌味に耐えかねて癇癪を起し、八つ当たりで、そこにいた売り子になんの理由もなく難癖をつけたのだと告白した。支配人に「次、わたくしがこのデパートに来て、まだあの娘がいたら、父に頼んですべての取引を中止するように頼みます。」と言ったのだ。シーラはその後もこの一件を悔いていて、なぜ自分がそのような暴挙に及んだのか、自分でもわからないでいる、と、シーラが言うと、グールが神経質そうな鼻をシーラに向けて、一言つぶやくように言う「嫉妬したからさ。」
 シーラは、自分と違い、外見に恵まれ朗らかな様子のエヴァに嫉妬したのだと、自認した。
 エヴァは、自分のせいで自殺したのかもしれない。
 そう思い、シーラは罪の意識に耐えかねていた。しかし、グール刑事は、つづけて、日記にあったエヴァ・スミスの「その後」を語りだした。

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