そう軽く揶揄しながら、エリック落ち着かない様子で、グール刑事に写真を見せてくれるように頼む「僕はその子になにかしたかな?」と軽口をたたきながら・・・そんなエリックを意味ありげにグール刑事はしばらく凝視し、そのあとで「君は・・・まだだ。」とエリックを突き放した。 エリックは所在なさげにうつむく。
グールは続けた。
グールは続けた。
「高級デパートを追われたあと、エヴァ・スミスの職探しは難航した。何日も空腹と孤独に耐えた。そしてある日、彼女は生き方を変える決意をした。だから名前も変えた。」
エリックの落ち着きのなさが、頂点に達した。
「なんて名前に変えたんだ?」
「デイジー・レントンだ。」
「何だって?」
意外にも、そううなったのは、明らかにうろたえていたエリックではなく、ジェラルド・クロフトだった。
自分のせいで、エヴァ・スミスが自殺したのかもしれないと恐れの中で震えていた、バーニング氏とシーラも、言葉を失った。
デイジー・レントンと名を変えたエヴァ・スミスと、ジェラルドの間に、なにかあったのだ!
何かが崩壊する。
でも何が崩壊するのかがわからない恐怖に、バーニング家は騒然となった。
知らせを聞いて、バーニング夫人も居間でコーヒーとしゃれこんでいる場合ではなくなり、食堂へ戻ってきた。
そこではジェラルド・クラフトがまさに、心の奥底に潜んでいた「悪魔」の羽ばたきを解き放たんとしていた。
3.デイジー・レントンの物語
ジェラルドがデイジー・レントンと出会ったのは、劇場の中にある「バー」である。
そこは、いわゆる、「あいびき」の場所で、相手を探す者どうしが出会う場所であった。ジェラルドは他意もなく、そこに「ちょっと立ち寄っただけ」だった。
カウンターの向こうで、美しい娘が、脂ぎった夜会服姿の中年男に言い寄られて困っている。しかも脂ぎった夜会服男は、上院議員だ。ジェラルドは、歩み寄って、その娘が自分の連れで待ち合わせをしていたのだと、一芝居うち、金髪の美しい乙女を救出した。
何日も食事をしていないという彼女を、レストランで食事に招待し、住むところを追われていることを知ったので、フラットも提供し・・・つまり、彼女を囲い始めたのだ。
「彼女を愛していたのか?」
グール刑事のその問に、ジェラルドはこう答えた。
「自分を愛し頼ってきてくれる彼女を、かわいいと思った。どんな男でもそう思うはずだ。」
優しくされることに慣れていない彼女が戸惑う様子を思い出し、ジェラルドは涙を禁じえなかった。あの可愛い恋人がもうこの世にいない・・・その現実が重く、青年実業家の肩にのしかかった。
「彼女を愛していたのか?」
グール刑事のその問に、ジェラルドはこう答えた。
「自分を愛し頼ってきてくれる彼女を、かわいいと思った。どんな男でもそう思うはずだ。」
優しくされることに慣れていない彼女が戸惑う様子を思い出し、ジェラルドは涙を禁じえなかった。あの可愛い恋人がもうこの世にいない・・・その現実が重く、青年実業家の肩にのしかかった。
しかし、デイジーとジェラルドの関係はまもなく終わりを告げる。もともと未来はなかったのだ。
別れを告げる彼に、デイジー・レントンは素直に従った。そして、一年は困らない程度の金をデイジーは受け取り、身を引いた。
別れを告げる彼に、デイジー・レントンは素直に従った。そして、一年は困らない程度の金をデイジーは受け取り、身を引いた。
彼女の日記の中で、「私の生涯でこれほど幸せなことはなかった。」と、ジェラルドとの日々について記してあった。
「囲われることが幸せだなんて、その程度の人間だったってことよ。」
バーニング夫人は鼻を向いて言い放った。
「あの階級の人間は考えられないことをするものよ。」
これまでは、この屋根の下では、この言葉の根底にある価値観こそが当たり前だったのに、今では、バーニング夫人はまるで、異星人のように文字通り異色を放っていた。
その価値観にすがっていられたころの幸せは、もう、ここには存在しないことを、彼女以外の誰もが自覚していた。
外の空気がすいたいと、食堂を退こうとする、ジェラルドに、シーラは婚約の破棄を言い渡す。しかし、なぜか、ジェラルドは婚約破棄よりも重い現実を背負ったように思えた。。
不穏な予感にやはり落ち着かないエリックは、もう一度彼女の写真をみたいと申し出るが、グール刑事はやはり、「君はまだだ」と突き放した。いたたまれなくなり、エリックは、たばこを吸いに、食堂から出て行った。
グール刑事は丸まったエリックの背中を見送ったあと、デイジー・レントンに名をかえたエヴァ・スミスのその後を語った。